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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)225号 判決 1984年7月26日

原告

株式会社神戸製鋼所

右訴訟代理人弁護士

山上和則

右訴訟復代理人弁護士

豊島哲男

被告

特許庁長官

右指定代理人通商産業技官

中村寿夫

外二名

主文

特許庁が昭和五三年審判第八一九号事件について昭和五四年一一月六日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四七年八月三〇日、意匠に係る物品を「コンクリート型枠」とする別紙図面(一)(願書添付の図面)記載の意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願(昭和四七年意匠登録願第三八一一一号)をしたところ、昭和五三年三月一五日拒絶査定があつたので、同年五月二六日審判を請求し、昭和五三年審判第八一八九号事件として審理されたが、昭和五四年一一月六日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年一二月三日原告に送達された。

二  審決の理由の要旨

1  本願意匠は、願書の記載及び願書添付の図面から、次のとおりのものであると認められる。

高さ一に対し、長さ約三〇、横幅約六の、長手方向の直交の端面が一定形状のものであつて、その端面(平面)は、溝型鋼状の中央付近に、T字形の同形の板体をほぼ同間隔に二枚設けたものからなり、そのT字形の水平部は前記高さとほぼ同じ長さであり、また、長手方向の左右両側面に、連結用の小孔が同間隔に左右各一〇個設けられたものである。

2  原査定では、昭和四一年九月に特許庁意匠課資料係において受入れた型材のカタログ(大阪市東淀川区三津屋南通三丁目三番地所在平安伸銅工業株式会社発行の「ヘイアンALUMINIUM押出型材」。以下「本件カタログ」という。)の第二七頁左下段掲載の名称「S―一四七九」なる意匠(別紙図面(二)参照。以下「引用意匠」という。)を例示引用し、この意匠から容易に本願意匠の創作をすることができたものであり、意匠法第三条第二項の規定に該当するとして、意匠登録を拒絶したものである。

しかして、引用意匠は、本件カタログの記載から次のとおりのものであると認められる。

長手方向の直交の端面が一定形状の型材であつて、その端面は、溝型鋼状の中央付近に、縦長のT字状の同形の板体をほぼ同間隔に二枚設けたものからなり、その端面における比率は、高さ一に対し、横幅約二、T字状の水平部約0.2である。

3  そこで、両意匠を比較してみると、引用意匠は、垂直部が本願意匠より縦長であり、水平部にも長短の差があるほか、各部において比率の差はあるが、一定形状の長い物品としてみた場合、構成形態全体からほとんど目立たないものであり、本願意匠における左右両側面の小孔も目立つほどのものではなく、本願意匠と引用意匠は、ともに溝型鋼の中央に二枚のT字形を設けた基本形状に変わりなく、全体の構成では互いに類似するものというほかはない。ただ、引用意匠は型材に係るものであるから、その使用状態は必ずしも明らかではないとしても、その形状を相互に利用することは、この分野の通常の知識を有する者にあつては容易になしうるところである。

4  したがつて、本願意匠は、意匠法第三条第二項の規定に該当し、登録することができない。

三  審決を取消すべき事由

審決には、次の1のとおり、引用意匠をもつて「日本国内において広く知られた」(以下「周知」という。)形態とした点において認定の誤りがあり、また、2のとおり、仮に引用意匠が周知の形態であつたとしても、本願意匠が引用意匠に基づいて容易に創作することができたものであるとした点において認定、判断の誤りがあり、これらは、いずれも、審決の結論に影響を及ぼすこと明らかな認定、判断の誤りであるから、審決は、違法として取消されねばならない。

1  (引用意匠の周知性についての認定の誤り)

引用意匠は、本願意匠の意匠登録出願前、周知の形態であつたとはいえないから、これをもつて周知の形態(であることを前提として意匠法第三条第二項に規定する意匠に該当する)とした審決は誤りである。

(一) 意匠法第三条第二項にいう周知の形態であるというためには、それが知られうる状態におかれただけでは足らず、現実に広く知られていることが必要であるところ、引用意匠は、知られうる状態におかれたにすぎない。

すなわち、引用意匠の掲載された本件カタログ(甲第三号証、第二六号証の一ないし三)がたまたま特許庁に資料として受入れられ、保管されていたからといつて、引用意匠が周知の形態となつたとはいえないこと明らかである。そして、引用意匠は、自然物、建造物、自動車等常に外観の形態を露呈し、視覚に訴える状態にあるものとは異なり、一企業の全部で四八頁もある本件カタログ中のたつた一頁の片隅に掲載された意匠であるから、本件カタログの発行とともに知られうる状態におかれたものとして新規性は喪失しても、周知の形態になつたとはいえない。

(二) 本件カタログの発行部数、配布先を証明するものとして被告が提出した乙第七号証の一(昭和五六年二月一六日付証明書)は、以下のとおり証拠価値のないものである。

(1) 乙第七号証の一は、本件カタログを配布したとされる者が作成した書面であつて、配布を受けたとされる者が作成した書面ではない。

(2) 乙第七号証の一によれば、本件カタログは、昭和四一年六月二〇日頃に個人営業の尚美印刷が一万部印刷し、平安伸銅工業株式会社(以下「平安伸銅」という。)が配布したとされるが、この種物品の技術革新はめざましく商品としてのライフサイクルが短いため、これに関するカタログの発行部数は一回当たり二〇〇〇部ないし三〇〇〇部というのが常識である(現に、同じ平安伸銅作成に係る乙第九号証の一ないし三の車輌用窓枠・型材のカタログの発行部数は三〇〇〇部である。)から、数回にわたつて発行した合計の部数が一万部というのであれば格別、一回に(昭和四一年六月二〇日頃に)一万部も印刷、発行するというのは常識に反し、極めて不自然であつて(一五年も前のことであるから、現在の経済規模と当時の経済規模とを比較すれば、なおさらである。)、このことは、証明書全体の信憑性を根底から揺がすものである。

また、一万部という発行部数を割出した根拠について、印刷に関する注文書、納品書、請求書等の伝票類が添付されているならともかく、一五年も前の記憶だけに基づくものであれば(平安伸銅は昭和五〇年に倒産したから、資料も散逸しているはずであるし、尚美印刷にしても、五年も経過すれば一切の資料を廃棄するのが業界の慣習である。)、措信し難いし、配布先を割出した根拠も明らかでない。

(3) 仮に乙第七号証の一の内容が真実であるとしても、それは、引用意匠が引用意匠の当業者間において周知となつたかもしれないということであつて、本願意匠の当業者間における周知性を意味するものではない(本願意匠と引用意匠とが当業者を全く異にすることは後記2(一)のとおり。)。

2  (本願意匠の創作容易性についての認定、判断の誤り)

仮に引用意匠が周知の形態であつたとしても、本願意匠は、次の(一)及び(二)の理由により、引用意匠に基づいて容易に創作することができたものとはいえないから、本願意匠が引用意匠に基づいて容易に創作することができたものであるとした審決の認定、判断は誤りである。

(一) 本願意匠と引用意匠とは、意匠の属する分野すなわち当業者を全く異にするものであり、引用意匠を本願意匠の分野に転用あるいは利用することに想到することは極めて困難である。

(1) 本願意匠は、意匠に係る物品を「コンクリート型枠」とするものであり、土木工事中の仮設工事に従事する者いわば「仮設工業界」を当業者とするものである(現に「仮設工業会」という社団法人も存在する。)。

これに対し、引用意匠は、「店舗用装備業界」、あるいは、広く解しても「屋内用建築小物材料業界」を当業者とするものである。すなわち、引用意匠自体は、ショーケース用枠材に係るものである(本件カタログの裏表紙に、平安伸銅の製品部の商品として「アルミショーケース」が明示されている。)から、店舗用装備業界を当業者とするものであり、あるいは、本件カタログがアングル、チャンネル、ボーダー、階段滑止め、スパンドレルなど建築材料の中でも屋内で使用される比較的小物の耐食アルミニウム合金押出型材を対象としていることから、当業者を広く解するとしても、屋内用建築小物材料業界である。

このように、本願意匠と引用意匠とは、いずれにしても意匠の属する分野を全く異にするものである。流通機構でいえば、本願意匠に係るコンクリート型枠は、鉄鋼資材問屋のみで販売し、専門の業者のみが購入して使用するものであるのに対し、引用意匠に係るショーケース用枠材は、一般の金物屋、室内装飾店又は家具屋で一般の個人も買うことができるものである。現実にも、ショーケース用枠材を製造、販売している業者が、同時にコンクリート型枠を製造、販売している例は見当たらない。また、コンクリート型枠に何を使用するかを決定するのは、設計事務所や屋内建築小物材料を駆使する設計部門(大企業では土木工事部門は設計部門と截然と分れている。)ではなく、いわゆる「土木屋」である。

(2) そして、右のとおり、本願意匠と引用意匠とは、意匠の属する分野を全く異にし、また、本願意匠に係るコンクリート型枠は、高層ビル等の壁面を形成するべく生コンクリートを打設するためのものであつて、およそ一畳大もあるものである(なお、コンクリート型枠は鋼製又は木製が大部分であつて、アルミニウム製のものは、高価なため僅か数%にすぎない。)のに対し、引用意匠に係るショーケース用枠材は、高さ16mm、横幅31.5mmの、手で掴める程度の細長い角形棒状の長尺物であつて、両者は物品としても全く別のものであるから、自動車と自動車玩具というようにその意匠の転用が業界の常識となつている物品間の場合と異なり、引用意匠を本願意匠の分野に転用あるいは利用することは、夢想だにされえないところである。

(3) なお、審決が引用意匠の物品名とする「型材」なる物品名(意匠に係る物品)は、特許庁が行政上の都合により恣意的に定めたものである。すなわち、特許庁は、従前、長尺物の素材に係る意匠にあつても、物品名を当該意匠に係る物品の用途に応じて「カーテンレール」、「点検口用枠材」等と目的別に記載することを認めていたが、昭和四四年頃以降、意匠法施行規則で定められていない物品の区分である「型材」なる物品名を採用して、同規則別表第一で定める、例えば「建物用すみ金」、「間仕切り」というような用途別の意匠登録出願を違法とし、特許庁が多用途物品であるとする「型材」なる抽象的概念のもとに、それぞれ用途の異なる物品を同一物品として包括せしめている。

しかし、ある型材が多用途物品であるか否かは、長尺物の素材意匠であることのみによつて決定されるべきものではなく、長年の経験に照らして多用途に供されるものといえるかどうかによつて決定されるべきものであつて、「型材」という名のみによつて多用途物品と決めつける根拠は見出すことができない。

このように、特許庁が行政上の都合により導入した「型材」なる概念を用いて、「これを製造、販売する業界」を一つの当業者として把握するところに、根本的誤りがあるのである。

(二) 本願意匠は、意匠の形態、特に本願意匠の創作の主要な点である①T字形条壁、②左右垂直壁外側面中央部のベルト状凹窪、③高さと横幅の比率(一対六)において、引用意匠と顕著に相違し、着想の新しさ、独創性に富んだものである。

(1) 本願意匠の構成要素のうち、長方形の平らな面(背面)は生コンクリート打設面であり、左右垂直壁に形成された各一〇個の小さな円形透孔は、コンクリート型枠を相互に連結するためのクリップ又はボルト等の連結金具を挿入する透孔であつて、いずれも、コンクリート型枠に固有の単なる機能的構成要素にすぎない。

そして、生コンクリート打設面と反対側の非打設面(正面)及び非打設面の形態が一見して理解しうる両端面(平面及び底面)にこそ、本願意匠のようなコンクリート型枠に係る意匠の要部が存するのであつて、そこにおける本願意匠の創作の主要な点は、次のとおりである。

① 二本の平行するT字形(水平部と垂直部の長さがほぼ等しい。)条壁は、生コンクリートを打設した際に打設面にかかる重圧を支える補強的機能を果たすものであるが、それだけではなく(右目的のためだけなら単なる帯条板で足りる。)、特にT字形としたのは、コンクリート型枠の連結機能及び持運び、組立て、解体等の作業時に把持しうる取手としての機能を持たせるためである。それ故、作業中の手の負傷を防止するため、T字形条壁水平部の下部稜線(及び左右垂直壁の先端)を凸弧面状に縁取りがしてある。

② 左右垂直壁外側面中央部のベルト状凹窪は、素材の経済的歩留りの向上を目的としてデザイン化したものである。

③ 本願意匠は、右のようにコンクリート型枠の意匠として形態と機能の融合を目指して創作した結果、高さと横幅の比率を一対六とし、全体として浅く横幅に広がり感のある形態をなしているものである。

これに対し、引用意匠においては、

①' 二本の平行する条壁は、先端部が垂直部の厚みより僅かにはみ出した皿形であつて、水平部が垂直部と直交して真横に張り出したT字形ではない。したがつて、連結機能及び取手としての機能を果たしえない。この皿形かT字形かの単純な形態上の差異は、看者にとつて一見して明白な差異として看取しうるものである。

②' 左右垂直壁は、単なる扁平な壁面にすぎない。

③' 高さと横幅の比率を一対二とし、全体として深くて横幅の狭い角形棒状の形態をなしている。

(2) 要するに、本願意匠は、全体として高さと横幅の比率を一対六とする、浅くて横幅に広がり感のある溝型状の輪郭をなし、左右垂直壁外側面中央部にベルト状の凹窪を形成し、溝型の中央部に水平部と垂直部の長さがほぼ等しいT字形条壁を二本平行に配置し、更に、T字形条壁水平部の下部稜線と左右垂直壁の先端を凸弧面状に縁取りをしたものであつて、洗練された流動感あふれる美的なコンクリート型枠の意匠として看者の注意を惹くものである。一方、引用意匠は、高さと横幅の比率を一対二とする、深くて横幅の狭い溝型状の輪郭をなし、扁平な左右垂直壁と先端部が垂直部の厚みより僅かにはみ出した皿形をした二本の平行な条壁からなるものである。

したがつて、本願意匠は、引用意匠と顕著に相違し、着想の新しさ、独創性に富んだものである。

なお、被告は、審決が引用意匠をもつて意匠第三条第二項にいう周知の形態としたことは必ずしも適切ではなかつたとして、本件訴訟において、引用意匠とは離れて、直接、本願意匠の形態が周知の形態であることを、乙第二、第三号証、第四号証の一・二に基づき主張、立証しようとするが、右乙号各証に基づく主張、立証は、審判の手続に現れなかつた主張、立証として、本件審決取消訴訟においてこれを提出することは許されないものである。

のみならず、乙第二、第三号証は、意匠に係る物品を建物用床材とする意匠に関する意匠公報であつて、本願意匠とは意匠の分野を異にするものであり、また、乙第四号証の一・二は、昭和四二年に外国において頒布された刊行物であり、これが特許庁に受入れられたというだけではそこに掲載された屋内装備品たるカーテンレールの意匠が日本国内において広く知られたことにはならず、しかも、これまた本願意匠とは意匠の分野を異にするものであつて、いずれも、本願意匠の創作容易性の認定、判断資料とはなりえない。

第三  被告の答弁及び主張

一  請求の原因一及び二の各事実は認める。

二  請求の原因三の審決取消事由についての主張は争う。

審決には、これを取消すべき違法の点は存しない。

1(一)  (引用意匠の周知性)

本件カタログの発行部数は、乙第七号証の一記載のとおりである。

(二)  (本願意匠の創作容易性)

(1) 本願意匠と引用意匠とは、ともに「押出型材の業界」を当業者とするものである。すなわち、本願意匠に係るコンクリート型枠も、引用意匠に係る物品(「ショーケース用枠材」あるいは「サッシュ用部材」と推定される。)も、主としてアルミニウムを原料とする押出成形品であり、この種押出型材の業界では、自社製品のみではなく他社からの注文により用途を異にする各種各様の型材を製造していることは周知の事実であるから、当業者の範囲を個々の用途別の物品によつて限定することは妥当ではなく、押出型材の業界を指して両意匠の当業者というべきである。

そして、下位概念において用途が相違しても上位概念においては共通の基盤の上にあり、意匠創作の見地から相互に関連する物品であり、物品の大きさや材質の相違は転用、利用を妨げるものではなく、コンクリート型枠の形態を創作するについて、引用意匠の型材の形態等を見て創作をするものであるから、両者間における形態の上での転用、利用は十分ありうることであり、その際、材質、使用目的等の相違に合わせて、それなりの変形、加工を行うことは当業者なら誰でもできることである。

なお、特許庁が物品名を「型材」に統一したのは、昭和四〇年頃以降、四九類(建築用品又は構築用品等)にあつては、多種多様な物品について意匠登録出願がなされ、実質的には同じような物を別類で登録するような可能性が生じたり、特定された物品名でありながら、意匠に係る物品の説明又は意匠の説明において他の目的を持つことが記載されているという事例が出てきたので、断面一定形状の長尺材で、その形態が使用目的を充足するものについては、上位概念で物品名を捉えることとしたためである。

(2) 原告が本願意匠の創作の主要な点であるとする①ないし③の点は、本願意匠及び引用意匠が共通にする形の端面という骨格に僅かに付加された程度の肉付けであつて、右共通点に変化を来たすようなものではない。すなわち、

①の点について、例えば、I形の周知形態から倒H形(Hを横に倒した形)が容易に創作できるのと同じ程度のことであり、T字形条壁(板体)の水平部の長短は、全体の形態からはほとんど目立たないものである。

②の点についても、その窪みは浅いものであり、全体的にはほとんど目立たないものである。

③の点について、縦長か横長かという点は、溝型鋼状の中央付近にT字形の同形の板体をほぼ同間隔に二枚設けたという基本的形態に吸収される程度のものである。

2  しかしながら、審決が引用意匠すなわち本件カタログに掲載された意匠をもつて意匠法第三条第二項にいう周知の形態としたことは必ずしも適切ではなかつたので、被告は、本件訴訟において、引用意匠とは離れて、直接、本願意匠の形態が周知の形態であることを、<証拠>に基づき主張、立証するものである。

(一) すなわち、本願意匠の形態は、乙第二号証(昭和三八年八月七日発行の、意匠にかかる物品を建物用床材とする意匠の登録第二一九九〇八号意匠公報)、第三号証(昭和三八年一一月二七日発行の、意匠にかかる物品を建物用床材とする意匠の登録第二一九九〇八号の類似一意匠公報)、第四号証の一・二(一九六七年発行のカタログ「A.I.A. FILE No. 27―C」)記載の形態として、とりわけ乙第四号証の一・二によりWカーテンレールの形態として周知のものである。

(二) そして、本願意匠を右乙号各証による周知の形態と比較すると、原告のいうT字形条壁の水平部の長短や左右垂直壁外側面中央部のベルト状凹窪などの差異があるが、これらの点は、その物品の作業性及び生産性向上の追求の結果必然的に決定づけられる性格のものであり、(その技術的要素が物品の形状に現れ、それが今までになかつたものとして認識される場合は創作性を認めるべきであるが。)、形状としては本願意匠の全体の形態の上に目立つほどに現れているとはいえず、当業者であれば容易になしうる付加変更の程度のものであつて、本願意匠から受ける印象は右周知の形態から受ける印象の域を出ないものである。

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要旨)の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決の取消事由の存否について判断する。

1  本件審決は、本願意匠は本件カタログに掲載された引用意匠から容易に創作をすることができたものであり、意匠法第三条第二項の規定に該当するとして、意匠登録を拒絶したものであること右争いのない事実から明らかである。したがつて、審決に明示するところはないものの、引用意匠をもつて右条項にいう「日本国内において広く知られた」形態すなわち周知の形態と認定したものであることが明らかである。

右にいう周知の形態であるためには、日本国内において現実に広く知られている形態であることを要するところ、<証拠>によれば、本件カタログが昭和四一年九月頃に特許庁に資料として受入れられた事実は認められるものの、本件カタログに掲載された引用意匠が本願意匠の意匠登録出願前周知の形態となつていたことを認めるに足りる証拠は存しない(右本件カタログの特許庁受入れの事実のみをもつて、引用意匠が周知の形態となつたといえないことはいうまでもない。)。もつとも、<証拠>には、本件カタログは、昭和四一年六月二〇日頃、平安伸銅が、個人営業の尚美印刷に依頼して一万部印刷し、代理店、総発売元の外、株式会社大林組などの大手建築業者の設計部に配布したものである旨の記載があるが、他に右記載の事実を裏付けるに足る証拠はなく、右<証拠>のみをもつて、直ちに、本件カタログの発行部数、配布先の証明があつたものと速断することはできないから、その余の点について判断するまでもなく、右<証拠>によつても引用意匠の周知性を認めることはできないものといわなければならない。

2 しかして、被告は、本件審決が引用意匠すなわち本件カタログに掲載された意匠をもつて意匠法第三条第二項にいう周知の形態としたことは必ずしも適切でなかつたとして、本件訴訟において、引用意匠とは離れて、直接、本願意匠の形態が周知の形態であることを、<証拠>に基づき主張、立証しようとするものであるが、意匠登録出願を意匠法第三条第二項の規定により拒絶した査定に対する不服の審判の審決に対する本件取消訴訟においては、前記<証拠>のように、本件審決において同条項にいう周知の形態とした引用意匠の周知性を立証するための補充的な証拠を新たに提出するのはともかく、引用意匠とは離れて、審判手続には現れなかつた証拠に基づいて直接、本願意匠の形態が周知の形態であつたことを主張、立証することは許されないといわなければならない。

けだし、右審決取消訴訟においては、あくまで、本件審決が周知の形態とした引用意匠との対比及びこれからの創作容易性についての審決の判断の当否のみが審理の対象とされるべきものであつて、審決の結論を維持するために、引用意匠とは全く別の、審判手続に現れなかつた証拠に掲載された意匠との対比及びこれからの創作容易性を主張、立証することは、審判手続と審決取消訴訟の構造、性格に照らして許されないからである。

3 してみれば、本件審決には、周知の形態とは認められない引用意匠をもつて、意匠法第三条第二項にいう周知の形態と認定した誤りがあり、その結果、同条項にいう周知の形態とはなしえない引用意匠に基づき本願意匠の創作容易性の結論を導いたものであるから、本件審決は、結論に影響を及ぼすこと明らかな認定の誤りがあり、違法として取消しを免れない。

三よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(秋吉稔弘 竹田稔 水野武)

別紙

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